科学で人類救済する目標を持つ主人公と個性的な仲間達の冒険譚『Dr.STONE(ドクターストーン)』。
考え、工夫し、作り、協力し、歩を進め、紡ぐ「人間の情熱」に感動する作品だ。
本作は原作者がしっかりと骨太かつエンタメ性のあるストーリーを作り、監修も科学の力を貸し、コマ割りや構図含む絵作りが上手い漫画家が作画担当している。
(もちろんアニメーションもプロ達の全力が感じられる、音楽も良い)
有名なヒット漫画&アニメーションであり、私もアマプラのアニメ第1シーズンから知り、現在第4シーズン放映中なのだが、そこに登場する「スタンリー・スナイダー」という人物はコミックスの「絵」を西洋美術的に見てまさに「闘いの女神/守護天使」なのである。
そして神話的な「愛」をテーマにした存在と私は考える。
(注:以下、ネタバレ含む。
また私はBL的視点では作品を見ない為、私が使う「愛」という言葉は広義の意味での愛である)
人類が謎の光で石化され3千数百年後、石から目覚めた主人公と出会った仲間が、人類全員の石化からの復活を目指し、原始的な生活基盤から徐々に発展しつつ必要な物を得て作っていく冒険。
資材を求めアメリカについた主人公達に対し、敵として攻撃してくるスタンリー・スナイダー(以下、スタンリー)は、敵のボスである科学者ゼノの親友であり、軍人という役割をこなす一見クールなキャラクターである。
コミックス18巻の過去回想において、石化のヒントを得た後に石化光線が襲ってきた際、スタンリーは近くにいた皆に声をかけながら親友ゼノを庇う様にして石化する。
そのポーズはまるで王子様のように片膝をつき手を差し伸べるものだが、その数千年後、アングルを変えたコマで彼の像を正面下から見上げると、太陽の光と木々のシルエットを背景に、まるで「光を背負い天から降りてきた天使(両肩の奥の白い木々の間が絵的に羽の様)」。
石化された人間は作中に多数出てきたが、スタンリーの石像が作中1番、様々なアングルで見え方が変わる「彫刻」的であり、「ミロのヴィーナス」や「サモトラケのニケ」や「ミケランジェロのダビデ像」に匹敵する存在感と美しさなのだ。
主人公達と敵としての邂逅を経て、その章の最終決戦。
コミックス22巻、大ゴマで全世界を包む破滅的な光と塔に向かい、敵であるスタンリーが1人立つ後ろ姿のシーンがある。
フリンジとティアード(ロカビリーのヒモヒモ衣装や段々のフリルのドレスの様な加工)のマントの後ろ姿は正に翼。
そして親友ゼノが科学という、やりたい事ができる未来のために、己の「勝ち」を捨て、翼のようなマントを脱ぎ捨て、石化の光を浴びる。
「ショーシャンクの空に」を彷彿とさせる両腕を広げ天を仰ぐポーズだが、自身の解放ではなく真逆の「石化し人質となる、自身の自由より親友の未来の喜び」を選ぶ、磔刑をも彷彿とさせる「愛の自己犠牲」の姿なのだ。
(私は創作物に安易に宗教的要素を入れることは好きではないのだが、西洋美術的に見ることはベーシックとして是としている)
コミックスの「絵が語る」神話=人間の共通心理、まさに「スタンリーは神話的な彫刻であり、愛を表現する存在(神)ヴィーナス」である。
翼があり闘いを司る神・ニケでもある。
筋肉美の青年としてダビデ的でもある。
(ちなみにミケランジェロのダビデ像の瞳にはハート型の彫り込みがあるが、当時はハートマークの概念はなく、単に光の映り込みと考えられている)
(美術史的にミロのヴィーナスとサモトラケのニケはまさに神話的な古代彫刻であり、そこにあえてルネサンスのダビデ像を加えたのは、人間礼賛的な本作の作風も含めてである)
2度の石化時に彼は共にタバコをくわえているが、どちらも親友ゼノを守る選択をして石化している。
石化復活後のゼノは彼にタバコの葉を見せてあげたり、石像のスタンリーにタバコをくわえさせる。彼の2度目の復活時にもタバコを渡す。この辺も人間的でありながら、神仏へのお供えの様でもあり、象徴的なモチーフだ。
また、2度目の石化したスタンリーに主人公サイドのリーダー格が対峙する際、スタンリー像の背後から光が差しており、神々しい存在として君臨している様だ。
かつてスタンリーが主人公達を攻撃した際、複葉機で太陽を背に飛行していたが、まさに光を背負い翼を持ち空(天)から来るものなのである。(もちろん迎撃しづらくする戦術ではある)
最終章、主人公は宇宙へ行く。子供の頃からの宣言通りに。
そこに伴うのは、コンテンツ的なキャラ達(設定上の幼馴染や元ライバルや弟子や何度も旅した仲間でなく)、スタンリーなのだ。
サモトラケのニケは船に立っていた説がある。神話的・原型的な守護と闘いの存在。天に向かい飛べる存在。
そしてその行動原理は使命(仕事)と親友。
スタンリーは神話的な愛の彫刻なのである。
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