夢の話をとりとめなくしていく。
現世は夢か。
ハードワークで心身の限界を走っていた頃、目が覚めると南国の東屋の木のベッドにいた。ゴーギャンの絵のような褐色の肌に原色の布をまとった女性が二人、側に立っていたので私は“今の人生”のことを「夢をみていた」と伝えた。
すると、威厳のある女性が静かに「あなたはまだ、続きがあるから眠りなさい」と言い、私は眩暈がして再び眠ろうとした。そして眠った、と思った瞬間に目が覚め、いつものベッドで起きた。
「一度死んだのかな」と思ったことを覚えている。
正夢について。
正夢は何度か見たことがあるが、特に印象的な夢がふたつある。
ひとつは子供の頃、海外の空港で要人の女性と逃げ回る夢で、翌朝のニュースに映った空港が夢そのままだった。白い床、ソファーの形、植木の位置まで。植木の陰に夢で隠れたから、その風景に驚いたものだ。
もうひとつは20代後半、異国の海辺に印象的な岩があり、風が強く吹く中、ターコイズブルーのドレスの女性が一心に空に祈っている夢だ。その約5年後、急にバリへ旅行をし、その観光の一部で私はハタと気が付いた。そこは海辺の岩の上の寺院で、ターコイズブルーのリゾートドレスを着た私は、強い風に吹かれながら頭上に思いを馳せていた。あれは私自身だったのだと数年前の夢を思い出した。
繰り返し見る夢。
子供の頃、よく吸血鬼に追われる夢を見ていた。教会に逃げ込んでも、そこは意味がなく屍がころがっており私は街の飲食店へ逃げた。機能不全家族の中で常に緊張や不安を抱えていた心理が反映されていたのか、はたまた一部の都市伝説になっているキリスト教と吸血鬼の話を無意識が反芻していたのか。
また一時期、毎日同じ悪夢を見ていたこともあり、心理学的・夢診断的な分析を自分でしていたこともある。
しかし、記憶のリミックスや心理的課題という気がしない同じ夢もいくつか見ている。
美しい海辺で、大きな水晶を皆で夕暮れに掲げている夢。近代的な東京だがどこか違っていて東京タワーを間近で見降ろす超高層ビルにいる夢など。パラレルワールドなのかなと空想してみる。
夢は心理なのか。
他人と同じ夢を同じ日に見たり、味覚も触覚もリアルな夢をみたり、近未来の資源活用法をプレゼンしていたり。古代ギリシアの夢見の神殿や、様々な文化で夢はメッセージとされるなど、やはり夢に人間の興味は尽きないようだ。
Image(C)夜の魚.2018
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