ルーツの旅.2 ~ご先祖様は神官!?『神社の奥宮の奥の祠』~

私の本籍は岡山で、訪れた事も無ければ、その地にもう親戚も居ない。父方の祖父の自伝に高祖母の名があり、岡山のとある神社の神官の家の出と書かれている。本籍地を足で確認&祖先の神社へご挨拶と思い立ち、鹿児島から岡山へ。 

朝一の新幹線から在来線、車内で電車賃を払う1両の汽車で辿り着いたのは長閑な里、タクシーで山の中の神社へ向かう。

午後の日差しがまぶしい立派な社に見とれていると宮司さんが御声掛けくださり、訪れた経緯を話す。すると『招き猫』&『衝撃の真実』が私を迎えた。

元々この神社は昔はもっと上にあり、今も山上に奥宮がある。その奥宮の更なる裏に、ボロボロの木の祠がふたつあり、小さい方があなた(私)のご先祖のものでは無いかと。


昔は神官が5名おり、その内のひとつが祖先らしいのだが、その後継の方が最近亡くなられたという。

正直「呼ばれた」としか思えなかった。


目的地の参道についた途端、ズンと体に何か衝撃が来た。(上の写真は衝撃受けた瞬間)

空気の塊のような澄んだエネルギー、手で探ると私の2倍位の身長で、足巻きが太くて、頭に2本のツノがあり「ガンダムみたいだな」と思う存在が奥宮まで共に歩んでいるようだった。(後で更に調べるとそれはここの神様のようで、3メートルという身長も牛のツノも当てはまった。素盞嗚尊の神社としか調べていなかったから、そんな神様は知らなかった。それをガンダム…)


山道を登り奥宮に着き、裏に回ると、本当に私の背よりも小さな祠がある。ご挨拶して跪いたら、隠されたように小さくその名が確かにある。糸が繋がった。

そこで静かに 特別な時間を過ごした。祈っているのは私なのに、もっと違う時のわたし、おそらく高祖母の気持ちが重なっていた。自分の膝が、白とベージュの小花柄の着物となっているイメージが浮かんだのだ。曾祖父の代からキリスト教に改宗し、高祖母の家と何かわだかまりがあったのかもしれない。

私がここに来たことは、とても大切なことなのだと思った。


その神社は816年より在り、『今年1200年記念』という奇跡の時に 私は辿り着いたことになる。


父方の家はこの地から生まれたのだ。この地は『白梅』を好み 様々な名称に梅が含まれているが、家の家紋は『梅』である。根無し草の不安をいつも抱えていた私は、ここで「私にも地元があったのだ」という言葉が浮かんだ。


世界を旅し、ヨットに乗ったり本を読んだり、身軽で聡明で芯の強かった父方の祖父。実際に会ったのはおそらく10回にも満たないけれど、親族の中で唯一、私の名をきちんと覚えて優しくしてくれた祖父が好きだった。この旅の報告を持って、御墓参りをしようと思った。

(この旅は2016年秋のことである。岡山は鹿児島からの戻りの新幹線で降りられると気づき、ルーツの旅のプランにつながった。
ひょんなきっかけから祖父自伝を再読→高祖母と神社の名を知る→ネットリサーチで興味沸く→本籍の事もあるし休みなので決行→現地着くも本ボシではなかった→聞き込みで本筋を洗い出す→全ては繋がった→犯人はお前だ!(ご先祖様はココだ)→やあ、1200年振りだね(実質は慶応三年位からご縁離れてたので149年振り)
私&宮司さん&社務所の方&神社のネコ&タクシードライバーさんとで、断片的な情報のやり取りがつながっていったときは、まさにミステリードラマのようだった。「ありがとうございました!」と思わず直角お辞儀をした。「こんなこと、本当にあるんですね」と興奮したタクシードライバーさんの言葉を聞きながら山道を進み、自分が物語のような旅の主人公である実感を強く感じていた。人生にはこういうこともあるのだ。旅はつづく)
Image(C)夜の魚.2018

不思議と夢の話~夜の魚~

心理学、精神世界、日常の中の不思議なこと。 わかり合える仲間や、どこかでひっそりと自分の感覚や内宇宙を考えている人へ向けて。 WEB↓ http://atelier-clos.jimdofree.com